
訳し終わったあとに、もう一度あたまから読み直します。
通訳・翻訳では、この見直しが本文と同じくらいの時間になります。
間違いを探しているのではありません。
同じ語が、あちこちで別々に訳されていないかを見ています。
今回は、そのゆれがどこから来ているのかを分解します。
同じ語でも、正しい訳が一つに決まらないからです。
ある英単語に、日本語の候補が三つあります。
分野が変われば、選ぶ候補も変わります。
同じ分野でも、お客様の会社で使っている言い方があります。
どれも間違いではありません。
間違いではないので、機械的にひとつへ寄せることができません。
六つの工程に分かれます。
一つ目、依頼の準備。
二つ目、顧客との契約。
三つ目、作業の段取り。
四つ目、翻訳・通訳。
五つ目、納品・事後対応。
六つ目、請求と入金の確認。
手間が生まれるのは、三つ目と四つ目です。
三つ目の作業の段取りで、どの訳語を使うかを先に決めます。
四つ目の翻訳・通訳で、決めたとおりに通っているかを確かめます。
今回は、四つ目を分解します。
語を選んだ判断が、その一か所にしか残らないからです。
三ページ目で、ある語をこう訳すと決めます。
決めたことは、その行にしか書かれていません。
二十ページ目で、同じ語がまた出てきます。
三ページ目でどう訳したかは、覚えているかどうかです。
覚えていなければ、別の候補を選びます。
選んだ理由が、その人の中にしか無いからです。
長い文書は、何人かで分けて訳します。
前半の人と後半の人が、別の候補を選びます。
どちらも、その文脈では正しい選び方です。
並べたときに、はじめて違いが出ます。
そろえるには、両方を読んだ人が一人要ります。
その会社だけの言い方が、辞書には載っていないからです。
同じ役職名でも、会社ごとに呼び方が違います。
製品の名前も、社内での略し方があります。
外から調べても出てきません。
伺うしかありませんが、答えられる方が決まっています。
その方の手が空くまで、そこは決まりません。
同じお客様でも、文書の種類で使い分けがあるからです。
契約書と、宣伝の文書では言葉の硬さが違います。
同じ語でも、片方では堅い訳、もう片方ではやわらかい訳になります。
前の用語集は、その種類のものです。
そのまま当てると、読み手に合わない文になります。
だから、毎回どこまで使うかを判断します。
その場で訳して、その場で終わるからです。
文書なら、あとから読み返して直せます。
通訳は、口に出した瞬間に相手へ届きます。
言い直せば、話の流れが止まります。
だから、迷う時間を最初から持てません。
決めておくのは、始まる前だけになります。
四つとも、同じ一つの語のことです。
それでも、どれも間違いではありません。
間違いでないので、選んだ理由を残さないかぎり、次も同じ迷いが起きます。
六つの工程ごとの一覧は、AI業務棚卸のページに置いてあります。
この記事では「そもそも、なぜその手間が生まれるのか」だけを書きました。
「AIを使って何ができるか」は、下のページに全部並んでいます。
通訳・翻訳の六つの工程と、できること一覧
Q1.なぜ、このゆれは通訳・翻訳でだけ起きるのですか?
正解が一つに決まらない選択を、何百回もくり返すからです。
計算なら、答えは一つです。訳語は、どれも成り立つ候補の中から選びます。選ぶ回数だけ、ゆれる余地があります。
Q2.なぜ、用語集を作れば済むというわけにいかないのですか?
載っていない語のほうが多いからです。
決めておけるのは、事前に思い付いた語だけです。原文を読み進めると、想定していなかった語が次々出てきます。
Q3.なぜ、分量が倍になると見直しが倍以上になるのですか?
離れた場所どうしの照らし合わせが増えるからです。
訳す作業は、ページ数に比例します。ゆれを探す作業は、離れた組み合わせを見るので、それより速く増えます。
Q4.なぜ、得意分野の案件でも時間がかかるのですか?
分野が分かるほど、候補が増えるからです。
知らなければ、ひとつしか思い付きません。知っていれば、どれが適切かを比べることになります。
Q5.何から始めればよいですか?
まず一件、訳す時間と見直す時間を分けて計ることからです。
見直しの割合が分かります。その割合が、選んだ理由を残せていない分の大きさです。
通訳・翻訳の時間は、訳す速さだけでは決まりません。
同じ語をそろえ直す時間で決まります。
訳語に正解が一つ無いので、選ぶたびに揺れます。
選んだ理由は、いまはその一行にしか残っていません。
正解を一つにできないなら、選んだ理由の残し方を変えるしかありません。
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